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鵜の崎峠

鵜の崎峠

鵜の崎峠は、伊予市と砥部町との境にあります。鵜の崎は植物の分布状況の変化に富んでおり、四季それぞれに美しい花を見ることができます。

障子山は砥部町と伊予市の境にある山で、四方を深い山に囲まれた中にそびえています。砥部町からみた景観は、山が突き立っているようだと言われて、江戸時代の大洲藩候が大戸と呼んだことから「大戸山」という別称があります。伊予市から見た景観は、なだらかで雄大な山容です。頂上近くには、平坦面も見られます。天候によっては山の色が変わるため、一層趣深く伊予市の奥座敷として期待されています。

周辺の見どころ

白滝城跡

白滝城跡

鵜の崎峠から約200m手前から左方へ約350m上ると白滝城跡があります。久万街道を望む要害の地で、標高は503m。山頂付近には三面の郭があり、その下三ヵ所に堀切があります。この城は、鎌倉時代の源実朝が将軍のころ、河野氏の臣越智氏が城主となり、次いで中村氏が継ぎました。

元弘の乱(1332)には幕府方で戦い、軍功により米湊・稲荷五百石を加増されました。戦国時代の天正年間(1573~1596年)は、中村主殿頭の居城であったと言われています。

馬場の五輪塔

馬場の五輪塔

大平バス停留所から県道大平砥部線に入ると、約2kmで馬場集落に入り、左側の道路の坂道を約50m登ると竹やぶの中に五輪塔があります。高さは2.14m、重厚な感じの塔で、作られた年代は、火輪が少し小さくそり厚味などの手法から、室町時代と推定されています。

水輪のつぼの形で、梵字等は不明です。石質は安山岩でめずらしいものです。この碑に並んで高さ1.5mの古い宝篋印塔が一基とともに残っていて、当時がしのばれます。

砥石山

砥石山

上唐川下寺集落の北側一帯が砥石山です。砥石は、1742年のころ掘り取られていました。1855年上唐川の庄屋影浦喜衛門は、所有地(砥の畦)で砥石の脈を発見し、その砥石を大洲藩主へ献上しました。大洲藩に仕えた豊川覚十郎は新しい砥脈の発見や、砥石の掘り割り、販売に尽くしました。

昔、刀を研ぐには7種類の砥石を使っていましたが、伊予砥はその中研ぎとされていました。明治になってからは官有地となりましたが、上唐川が借り受け最盛時には三山ありました。

案内マップ

案内マップ