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掲載日:2016年9月24日

中山栗

特産品紹介

中山栗

中山栗の特徴

中山栗の特徴

食味がよくて大玉のものが多く、日本一の中山栗といわれています。

中山町はそのほとんどが、中山間地であり、栗の栽培されている標高200mから500mの地域を含めて、結晶片岩を母材とする腐食に富んだ肥沃地である褐色性森林土壌と黄褐色性森林土壌に広く覆われています。

また、年平均気温は15.4℃で山間地のため昼夜の気温差が大きく、年間降雨量は1,600mmから1,800mmとなっており、地質的にも気候的にも栗栽培に適しています。

中山栗の歴史

江戸時代

日本最古の農業書といわれる「新民鑑月集(しんみんかんげつしゅう)」によると、愛媛県では16世紀から17世紀には栗が栽培されていたようです。

江戸時代には寛永年間(1624年から1643年)に、時の大洲城主・加藤泰興が参勤交代の時に、中山栗を将軍家光に献上し賞賛されたとの言い伝えがあります。

明治時代

それまでの粗放な自然林から採れる栗は、商品として換金され次第に園地化されていきます。明治2年の中山栗の生産量は年間2000貫から3000貫(約11トン)となっています。

大正時代

栗は愛媛県全体で栽培されるようになります。大正5年には当時の中山栗の代表的品種の赤みを帯びた中玉の品種を「赤中(あかちゅう)」と命名しています。大正6年には地区別の栗出荷組合も設立されています。

昭和初期

昭和2年には町栗出荷組合が結成され、昭和5年には中山町からの北米輸出が始まり6,000貫(約22トン)を出荷しました。この年の中山町の生産量は13万貫(約487トン)でした。

昭和17年から25年頃には、農業指導農場が設立され、栗・野菜等の栽培農場として中山栗の振興に大きな影響を与えました。

安定期

昭和30年代は、栗の振興意欲も高まり栽培面積・生産量が大きく伸びました。昭和45年には第3回全国栗大会が愛媛県で開催され、中山町は産地視察の会場になりました。昭和47年には、農協出荷量が初めて1,000トンをこえました。

低迷期

昭和39年には栗の輸入自由化が始まり、昭和49年にはむき栗の輸入が開始され、安価な韓国栗が大量に輸入されるようになり、国産栗の価格を低迷させました。

現在

栗の改植やモデル園設置等を積極的に実施し、特選・ブランド栗としての生産・販売改善、剪定や間伐をはじめとする栽培管理の徹底を行い、栗の品質の一層の向上をはかっています。

代表的な栗の種類

早生

代表的な栗の種類

1.日向(ひむか)

極早生品種であり、8月下旬から食べることができます。大きさは中程度で食味は良好です。

2.大峰(おおみね)

収量が多く、食味がよくて大きさは中から大です。

熟期:9月上旬から中旬

中生

3.紫峰(しほう)

1971年に農水省県芸試験場で交配育成され、害虫に対して抵抗力が強くなっています。大玉で食味は良好です。

熟期:9月中旬から下旬

4.銀寄(ぎんよせ)

在来種で日本栗の代表品種として古くから栽培されています。大玉で食味がたいへんよく、加工用としても最適で高級菓子の原料として利用されています。

熟期:9月中旬から下旬

5.筑波(つくば)

農林省育成の農林3号が昭和34年に登録され、害虫抵抗品種として全国的に広がりました。大玉で、収穫も多く食味もよいことから現在でも栗の主要品種です。

熟期:9月中旬から下旬

晩生

6.石鎚(いしづち)

樹勢が強くて収穫も多く、大玉で食味も良好で害虫にも強くなっています。西日本の最高峰石鎚山にちなんで命名されました。

熟期:9月下旬から10月中旬

7.岸根(がんね)

山口県美和町が原産地で、平家の落人が大栗の穂木を取り寄せ、接ぎ木したものと伝えられています。大玉で食味はたいへん良好です。

熟期:10月中旬から下旬

お問い合わせ

産業建設部経済雇用戦略課 

伊予市米湊820番地

電話番号:089-982-1120