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掲載日:2012年3月30日
後藤又兵衛基次(ごとうまたべえもとつぐ)は播磨(兵庫県)の人で、智勇に優れた武将で、「槍の又兵衛」とよばれる槍の名手であった。大坂夏の陣に豊臣方につき、元和元年(1615年)に道明寺(どうみょうじ)において最期を遂げた。
このとき首をはねたのは従者の吉村武右衛門(よしむらぶえもん)で、彼は首を又兵衛の陣羽織に包み、『伊予古跡誌』によると、長泉寺(ちょうせんじ)近くの墓に埋めたといわれている。廟所(びょうしょ)は塀を隔てたところにあり、「後藤さんのお祭り」といって祀(まつ)っていた。
長泉寺は又兵衛の妻の伯父 藤岡九兵衛(ふじおかきゅうべえ)が僧となっていた寺で、境内には又兵衛の供養塔が建てられ、毎年供養の法要が営まれている。
住所 |
宮下南組 長泉寺 |
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【市指定文化財】後藤又兵衛基次公菩提所<史跡>